東京地方裁判所 昭和36年(ワ)3583号 判決 1962年10月15日
事実
原告株式会社松村商店は請求原因として、原告は、昭和三十五年九月二十六日、訴外朝日食品有限会社との間に、原告より同会社に対し金七十万円を限度として手形割引、商品取引、消費貸借を行ない、同会社は期限後原告に対し金百円につき一日金九銭八厘の割合による損害金を支払う旨の契約を締結した。そして、同日被告村越一郎は原告に対し、右訴外会社の債務につき連帯保証をするとともに、右債務を担保するため、原告のため被告所有の本件土地建物に根抵当権を設定した。
右契約に基いて、原告は右訴外会社に商品を売り渡し、同会社はその代金の支払のために原告に対し約束手形七通(金額合計三十九万九千四百六十五円)を振り出し交付した。原告は右各手形の所持人として、それらを各満期に各支払場所に呈示してその支払を求めたが、何れもこれを拒絶された。
また、原告は、前記契約に基き、右訴外会社に対し、代金は現品到着後五日以内に支払う約定のもとに、昭和三十五年十二月二十日頃小麦粉を代金六万八千五百円で、同三十六年一月十八日頃同じく小麦粉を代金三万六千四百円で、それぞれ売り渡したが、右訴外会社は右代金の支払をしない。
よつて原告は、連帯保証人たる被告に対し、右約束手形金および売掛代金の合計五十万四千三百六十五円、およびこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張した。
被告村越一郎は答弁として、被告は原告主張のような連帯保証、根抵当権設定をしたことは全くない。右は、訴外朝日食品有限会社代表取締役小野昭二が、関係書類を偽造してか、あるいは被告の無権代理人として勝手に行なつたものである。すなわち、被告は昭和三十二年四月頃から右訴外会社と取引をしていたが、同三十五年九月頃、同会社の代表取締役である右小野が被告に対し、不動産を担保に低利で金が借りられる先がある旨話したので、被告は同人の言を信じ、同人に被告所有の本件不動産の権利証を渡し、これを担保に右貸付先より金員を借り受けてくることを依頼した。その後二、三日して、小野は、金を借りられることになつたが、実印が必要だから渡してくれと被告にいつて来たので、被告はさらに同人に実印も預けたが、その際被告は同人に、「権利証も渡した上実印も預けるのだから絶対悪用せず、必ず金員を借り受けて貰いたい。」旨念を押し、これに対し同人は、「二、三日すれば金が出るから心配するな。」と言明したにかかわらず、その後同人は右約に反して、被告の印章を冒用し、勝手に関係書類を作り被告を自己の債務の連帯保証人兼担保提供者に仕立て、本件不動産につき根抵当権設定登記をしてしまつたのである。被告は右のように自己の金員借用のため本件不動産を担保にする趣旨で同人に前記権利証および実印を交付したにとどまり、原告主張のような契約を締結するためこれらの交付をしたものではないから、右小野の行為は全く無権限の行為で、これにつき被告が責を負ういわれはない。仮りに、小野が代理権限踰越の行為をしたものとしても、原告には同人に代理権ありと信ずるについて過失があつたから表見代理の成立する余地もなく、原告の本訴請求は失当というべきであると主張して争つた。
理由
証拠によれば、原告は昭和三十五年九月二十六日訴外朝日食品有限会社(以下朝日食品と略称)との間に、(一)原告は同会社に対し金七十万円を限度として手形割引、商品取引および消費貸借を行なう、(二)同会社は債務不履行の場合期限後の損害金として原告に対し金百円につき一日金九銭八厘の割合による金員を支払う旨の契約をしたことが認められる。
そこで、被告が右朝日食品の債務につき連帯保証、根抵当権設定をしたかどうかを考えるのに、証拠並びに弁論の全趣旨を綜合すると、
(一)砂糖、小麦粉等の食料品の卸売を業とする原告は、昭和三十四年頃から製麺業を営む朝日食品と取引をしたが、昭和三十五年夏頃同社の原告に対する買掛金債務が約二十万円に達し、これが支払を受け得られない状態であつたので、同社に対し確実な担保の提供方を要求し、もしその提供がなければ同社との取引を継続することができないとして、一旦同社との取引を中止したこと。
(二)ところで、朝日食品代表取締役小野昭二はたまたまその頃取引先の被告(食料品販売業)から「五十万円位資金が欲しいのだが、不動産を担保にして金を貸してくれるところはないか」という相談を受けたので、これを奇貨とし、被告の不動産を担保に差し入れて原告との取引を再開して貰おうと企図し、原告方に赴き、原告に対し、「取引先である友人の不動産(一番抵当ずみ)を担保に入れれば取引をしてくれるか」と尋ねたところ、原告は「一番抵当額を確かめたいので、権利証を見た上で返答する」と答えたので、被告に対し、「株式会社松村商店(原告)で金が借りられるから、権利証を渡して貰いたい」といつたこと。
(三)そこで、被告は右小野の話により不動産を担保にすれば原告の金員の融通を受けられるものと思い、小野に対し、被告を代理して原告との間に消費貸借、抵当権設定契約を締結することを委任したが、たまたま本件不動産の権利証が手もとになかつたのでこれに代るものとして登記所から本件不動産の登記簿謄本を貰つて来てこれを小野に渡し、なお関係書類作成のため同人に被告の実印を交付したこと。
(四)小野は右登記簿謄本を持参して原告方に赴き、これを原告に示すとともに、被告が小野の債務につき連帯保証人兼担保提供者になることを承諾し、同人に契約締結の代理権を与えた旨原告に告げたところ、原告は二番抵当にとつてもよい旨返答し、証書の差入を求めたので、小野は「土地建物根抵当権設定契約書」の債務者欄に「朝日食品有限会社代表取締役小野昭二」の記載をして代表者印を押捺し、連帯保証人兼担保提供者の欄に被告の氏名を記載し、その名下に被告の実印を押捺し、原告と朝日食品間の契約(内容は冒頭認定のとおり)上の朝日食品の債務につき被告が連帯保証をし、その所有の本件不動産に債権極度額七十万円とする根抵当権(第二番)を設定した旨の契約書を完成して、これを原告に交付し、原告はこれを諒承し、爾後朝日食品との取引を再開したこと。
以上の事実が認められる。
しかして、右認定の事実によれば、訴外小野は被告から本件連帯保証、根抵当権設定契約締結の代理権を付与されたものではないが、被告を代理して原告より金員を借り受け、その担保として本件不動産に抵当権を設定する権限を付与され、その権限の範囲を越えて被告の代理人として原告との間に本件連帯保証根抵当権設定契約をしたものであり、原告は右訴外小野を被告の代理人と信じて該契約の締結に応じたものと認めるべきところ、前記認定の事実よりすれば、原告には同訴外人を被告の代理人であると信ずるにつき正当な理由があつたと認められるから、被告は、原告と朝日食品間の前示契約に基く同食品の債務につき原告に対し、連帯保証人としてその責に任じなければならないというべきである。
ところで、証拠によれば、朝日食品は原告に対し合計金三十九万九千四百六十五円の約束手形金債務および合計金十万四千九百円の売掛代金債務を負担していることが認められるから、被告に対し、右債務総額五十万四千三百六十五円およびこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は理由がある。